2016-12-06

回想録(Vintage) 2007年11月30日

2007年11月30日のmixiより。

約10年前でも命に対してのスタンスは変わってなくて安心した。文章が支離滅裂なところも変わっていない。

実直で繊細。それでいて不屈。しかし、倒れるとなかなか起きれない、、、うじうじと。


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今日の帰りで田舎では珍しい人身事故が起きました。たぶん自殺ってか自殺。 

自分も留年した時に自殺しようかなと本気で悩んだのですが、結局は親の顔が浮かんできてできませんでした。今思えば自殺なんて最低な行為です。 
人間、どれだけ長くても男の場合は約80年足らず、それくらいしか生きられないんですよ。自殺した人はその短い命をわざわざ縮めちゃうんだから勿体無い。しかも最後の最後で人に迷惑を掛けた形で。毎日を生きてる人にとっては言っちゃいけないと思うけど電車が止まったことの方が大事なんですよ。俺が死んでも、誰が死んでもそうでしょう。ただ残された家族とかはやりきれないとも思う。 

自殺したその人は何がしたかったのだろう。何が嫌だったのだろう。死ぬ時は死にたくなくても死ぬ。俺はそういう人間を少なからず知っている。俺もいつかは死ぬ。だから俺は人生でいつも悔いは残したくないと思ってる。 

今、俺は留年生だけど、留年してなかったら就職は大学に行ってからだったと思う。こんなに本に触れるということはしなかったと思う。親にこんなに感謝することはなかったと思う。親をこんなに好きなることはなかったと思う。人間関係に対する考え方が柔軟にならなかったと思う。 
留年することで得られたものは1年という貴重な時間を取り戻すには未だ少ない。失ったものもある。しかし、俺はこれかも生きて、死ぬときに「あの留年は人生においてどのくらい有益だったのか」と考えたときに、結果オーライだったな。と笑える人生を送りたい。むしろ留年したのか?ぐらいの人生なら尚更良いと思う。 

「死にたければ息を止めろ。それで死ねるぞ。それで死ねなければお前はその程度の覚悟なのだ。まだ死ぬことを許されていないのだ。」 
水滸伝でこんなことが書いてあったはず。

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大震災で被災してから命に対して敏感になった、と思っていたけど、留年も大きな転機だったと思う。

20歳で死ぬ間際を想像するというのもちょっと精神的にアレな気もするけど。

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